面影無く無念の想いの二三館


無念の想いの二三館、決してパチンコ店のことではございません。

「武家屋敷の中で,唯一建築当時のまま残っていて,現在もご家族が住んでいます旅行時期:2016/03

2年半前に五島を旅した旅行者の感想にこう書かれてある。

1863年に建てられた,武家屋敷の中で唯一建築当時のまま残っている屋敷です
薬医門という立派な門や「こぼれ石」という丸石を積み重ねた石垣,当時のままの建物など往時を偲ぶには最適な武家屋敷です

なんどか修復工事がありましたが,150年以上も前の建物に,現在もご家族が住んでいることが不思議な感じがしました

裏庭の石垣の曲がり方など,博物館の古地図にも描かれていて,この屋敷の歴史の古さを感じられます

入館料は無料ですので,武家屋敷通りを歩くなら,立ち寄るといいと思います。


そして先ほど、知人からこんな内容のLINEメッセージが届いた。美術館については昨年7月から調査結果を街頭演説、後援会便りで主張してきた私だけに、知る人ぞ知る「丸田が指摘し続けてきた山本二三美術館」。そんな気持ちも手伝って私に感想を送って来てくれたようでる。

昨年8月期の街頭演説(五島市役所前にて)

「五島の昔の生き字引」とでも良い表わそうか!

1863年に建てられた,武家屋敷の中で唯一建築当時のまま残っている屋敷です
薬医門という立派な門や「こぼれ石」という丸石を積み重ねた石垣,当時のままの建物など往時を偲ぶには最適な武家屋敷です

旧松園邸
1863年(文久3年)
・(5月)下関事件 → 長州藩がアメリカ/フランス/オランダの船を砲撃する
・(6月)高杉晋作、奇兵隊を創設する
・(7月)薩英戦争
・(8月)八月十八日の政変

このような時代に建立された日本で唯一建設当時のまま残され守られてきた歴史的資産を、五島市教育委員会はぶっ潰したのである。
知人はこの松園邸に関係する友人関係であった。

今日、客人が来ていて、二三館に行ってきましが、松園邸の面影がなくなり、父も客人もショックを受けていました。

歴史的資産を潰した五島市行政。かたや仏教徒の多い五島市行政、異宗教でも潜伏キリシタン関連遺産の世界遺産登録を喜びまくる「クサレギョウセイ」。この際だから、江上教会も旧五輪教会も他の施設に改修し事業展開しましょうよ。旧松園邸は市指定有形文化財なのであったのだ。いとも簡単に山本二三美術館に改修し、山本二三ファミリーに指定管理者(年間1147.6万円無償で提供)を与えたのだ。

画像も届いていたが、個別掲載はやめておこう。バカな任意団体「マウンテンブック」からいちゃもんつけられるだけだ。「貧すれば鈍する」山本二三ファミリー。

長崎と天草の何たらと言うキリスト教の登録(7月登録決定)と山本二三koziki館(7月1日開館)。

聖書に「地上に富を積んではならない」「天に富を積みなさい」と書いてあるらしい。

「聖書」を「イエス」を信じないキリスト教徒がいるでしょうか?

「貧すれば鈍する」

貧乏をすると、毎日その生活のことばかり考えるようになるから、人は知恵や頭の回転が衰えてしまい、賢い人でも愚かになるという意味。

長い歴史の空気を吸い込んだ古き五島の武家屋敷。有名でもない「オッチャン」のために壊された武家屋敷。何億かけても元の姿にゃ戻らない。

 
なんでも相談室

6 thoughts on “面影無く無念の想いの二三館”

  1. すごく早い行動。丸田さんが書いているとおり、畳も床になっていて、松園邸じゃ無くても美術館はできたんじゃないのかな?と思うくらい、歴史的な面影一つ全く感じられませんでした。なぜ松園邸?入場料は無料だったのに。美術館になった途端に大人400円!
    めっちゃ残念に作られていて、腹立つ限りでした。
    もう行く事もないでしょう。

    1. 情報提供ありがとうございました。1億2500万を投じた(うち、内装展示工事に8000万)改修工事。倍額かけても蘇らない155年を歩んで来た旧武家屋敷。文化財を大事に出来ない行政は、市民より五島にいない山本二三ファミリーを大事にした。マウンテンブックまたは、絵映舎に買い上げて頂くのが最良の施策でしょうね。

  2.  和風を気持ち悪く改装して、美的センスが全くありません。誰が、設計したのでしょうか。松園邸は、「二三館」に改装という名で、壊されたのです。もう取り返しがつきません。仮に、二三の絵が美術として認められるなら、どんな施設であっても、見学者は来るはずである。たかが、背景漫画家(アシスタント)が、ジブリが売れたので、その背景が有名人扱いされただけで、美術館とはおこがましい。「ジブリグッズ販売所の二三館」が実態のなのです。しかも、厚かましくも、その経営に二三家族が立候補して、仕事は同級生の中村に丸投げ、経費は市の補助金で「ごっさん」状態です。
     「二三館」を計画した教育委員会の誰が、起案したんだろうか、それを決裁した、加チョー、狂育チョー、ブチョー、ふく市チョー、市チョー、賛成したギインども、誰も、貴重な文化財を破壊することが大きな問題と感じなかったの。役立たずの集まりでしかない。長崎新聞に、この問題を五島出身でない永冶克行氏が指摘していたではないか。五島出身者が壊し、他所の出身者が、その文化価値を認めるとは、皮肉なことである。
     「覆水盆に返らず」、唯一の武家屋敷は元にはもどらないのである。

    1. 加チョー、狂育チョー、ブチョー、ふく市チョー、市チョー、賛成したギインども、誰も責任は取りません、取れません。野口市長の口癖「市民の代表である市議会が承認した事業です」この言葉だけで在任期間の6年が経過してきました。

  3. まだ先にすることがあるはず。奈留島の笠松宏有記念館はどうするの?
    年間入館者数は?年間経費は?施設があることでどれだけ観光に繋がったの?どんな事業や取り組みをしたの?そういった検証や、検証を踏まえての反省を十二分にしないまま、新たに美術館を建てることは『どうなの?』と思います。まして、最後の武家屋敷を潰すことになるのですから、双方について対立する諸利益等を比較(=屋敷潰してまで美術館建てるのが利益になるか、潰さず屋敷残して美術館をたてないのが利益になるか)を十分考えて決めなければならないのでは?

    1. 五島市役所の職員さんにもまともな考えを持っている現役職員がいることに胸を撫で下ろしております。色々な課にて、常に山本二三美術館の事業について指摘させていただいております。全ての課長に言えること、私に反論出来ません! ダンマリするのが答えなのです。失敗事業だとわかっていても口外出来ない。この人達、何に向かって市役所通っているのだろう。

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