被害者、買い求めた責任も重要では?


昨日五島市で開催されたカネミ油症事件50年「記念」式典。タイトル「買い求めた責任」約6年油症事件について探求してきたが、消費者つまり被害者は、製造企業さらには販売停止措置を講じなかった国への責任を追求している偏向気味な意見が目立つ。

誰一人「買い求めた責任」を口にする被害者はいない、そして「買い求めた責任」を問題の一つとして追及する者もいない。

今朝の新聞。
カネミ油症救済「支援に市民が動くべき」?
「原爆と同じように」油症を知ってもらう取り組みが大切?

カネミ油症により五島市は毎年5000万前後の医療費立替金が発生しています。その額は21億円。加害企業が支払うべき医療費を五島市が(国、県が一部支援)負担。行政はこの立替金問題を増えるものは致し方無い程度しか思っていないのだろう。被害者関係者は「救済に市民が動くべき」というが、立替金は市民生活に負担が重くのしかかっていることを知らないから簡単に言えるのだろう。五島市民は医療費立替で十分すぎるくらい支援協力しているのだ。

4年前、当時カネミ油症担当部所の市市民課課長にこう話した。
医療費立替金が発生している自治体は五島市のみ。総額は19億円であり立替負担は年々増加していくのではないのか?
この問題にきちんと向き合わないと近い将来、被害に苦しむ市民患者と納税市民の間にはギクシャクした空気が流れだす。

その原因が医療費立替負担金、カネミ倉庫が支払ってくれない限り五島市がずっと負担していかねばならない保険制度による構図。
その額は21億円に膨れ上がっているのだ。カネミ倉庫は支払いを猶予されてはいない。

私は被害者及び関係者に嫌われる覚悟で五島市が抱える問題を知ってもらおうとしているのだ。五島市行政と五島市市議会、いい加減に綺麗事だけの良い面づくりはやめましょう。

私に批判は止めろ!と言うのであれば医療費立替金問題解決への打開策を伝えに来て下さい。

農協で起こった問題に無関心な職員に組合員、市の事業や問題に無関心な市民。こんな状態の五島市民がカネミ油症被害者支援に協力するはずなど無いのです。無関心社会、知らんふりを好むのです。カネミ油症被害に苦しむ支援を求める皆様がた、五島市発展に率先して活動されていますか?素直な私の疑問です。
カネミ油症被害に苦しむ皆様方、国内の四大公害病をご存知でしょうか? 「原爆と同じように」油症を知ってもらう取り組みが大切?安易に「原爆」と同じ扱いにするのは控えた方が良いと思います。余談にはなりますが、50年記念行事開催までに用立てられた予算は186万円です。その他、被害者組織への支援で50万円支出。

水俣病
1956年(昭和31年)頃から熊本県水俣湾で発生した奇病。有機水銀による水質汚染や底質汚染を原因とし、魚類の食物連鎖を通じて人の健康被害が生じた。

第二水俣病(新潟水俣病)
1964年(昭和39年)頃から新潟県阿賀野川流域で発生した奇病。有機水銀による水質汚染や底質汚染を原因とし、魚類の食物連鎖を通じて人の健康被害が生じた。

四日市ぜんそく
1960年(昭和35年)から1972年(昭和47年)頃までの高度経済成長期に三重県四日市市で発生した都市公害。主に亜硫酸ガスによる大気汚染を原因とする。

イタイイタイ病
1910年代から1970年代前半に富山県神通川流域で発生した奇病。カドミウムによる水質汚染を原因として、米などを通じて人々の骨に対し被害を及ぼした。

>>カネミ油症裁判経過へ進む

 
なんでも相談室

7 thoughts on “被害者、買い求めた責任も重要では?”

  1. 『原爆と同じように』で最近話題になった問題が浮かびました。
    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181118-00000041-dal-ent
    韓国の男性グループBTS(防弾少年団)のメンバーが原爆のキノコ雲がプリントされたTシャツを着ていた騒動

    ここで作家の乙武洋匡氏の発言は今回のカネミの問題にも当てはめることができます。
    「被害側に回るとすごく敏感になることでも加害側になると無自覚だったりすることが多い。こういうことを機に私たちも無自覚に誰かを傷つけることのないように、いろんな知識を身につけなければいけないと思います」と発言。

    最後のいろんな知識に五島市の抱える医療費立替問題を当てはめると、被害者、加害者も含め第三者の何も知らない市民にもこの異様な知らないうちに膨れ上がる負債の実態(構図)を知らせ、対策を取り、立替問題が解決したのちに油症についてようやく市民も考える立場になるのではないでしょうか?

    違う土俵で何を言っても問題解決には至りません。

    きれいごとで塗り固める行政の責任であるのは言うまでもなく、被害者が自分たちの言い分ばかりを主張することは、更に被害者(第三者の市民への負債)を増やしているということにお互い気づかなければなりません。

    被害者は加害者よりも道徳的に優位にあるという固定された考えが優先されている裏では五島市の怠慢で
    何も知らない市民、未来を担う子どもたちや、今後人口の大半になる高齢者へ負担をかけていることを知るべきです。

    市民の皆さん、まずはこの裏事情を知りましょう。そして動けないのならばせめて間違っている構図に声を上げましょう。

    歯車がズレている五島市。こうやって何も知らない市民にまで不信を抱かせる、自らの地位を守るために、上司の顔色ばかりうかがうピラミッド型。これを逆にすれば小さな問題でもみんなで考え少しずつ周知され全てに行き渡るのにそれができない五島市。情けないですね。尻尾を振る一部の部下に愛される市長様。全市役所職員はあなたの飼い犬ではないのですよ。声を出したいが出せない。この環境を改善しないと五島市は終わりますね。ごとう農協、未来を担う子どもたちを育てる学校等もそうです。善良な職員、教員の皆様。声を上げてください。それが問題解決につながる案件がたくさんあるはずです。長文失礼いたしました。

    1. 来春大卒で入庁される新入職員、退職年齢を65歳としましょう。退職時にカネミ油症立替金は約24億円(年間5000万として)増えて45億円に達しているのでしょうね。おそらく、しらねぇ〜よ!って言うのかな。心配ご無用、市役所職員の給与は保証されてますよ。そして人口は減りますので一人当たりの負担は上がりますね。
      認定患者が増えれば市民への負担も増えます。認定されれば被害者は喜びますが、市民は喜べる話ではありません。これが第三者行為による医療保険制度です。私は医療保険制度の構図を説明しただけでカネミ油症に苦しむ方々を悪く指摘しているわけではありません。

  2. ご丁寧に返信ありがとうございます。今朝の長崎新聞を読んで改めて嫌な気分になりました。たまたま演説を聴いて立替金の問題を知ったからかもしれませんが、支援に市民が動くべきの部分にもイライラ感が。市民が動くべきだというのであれば具体的にどのような支援なのか教えていただきたいものです。立替金問題を知らなかった場合に新聞記事をどのような気持ちで読んでいたのか。かわいそうにくらいしか感じていないと思います。

  3. 立替金?知らなかった。被害者も知る必要があるのじゃないのか。
    ところで質問ですが、立替金はどうやったらゼロに戻るのですか。なぜ一円も払ってもらえないのですか。

  4. 本来は私が回答するべきではないと思いますが、
    こちらで既に「知らないぞ」様のご質問への回答が書かれております。

    カネミ油症患者認定制度。何か可笑しくないですか?
    http://maruta.sankei-mrt.co.jp/?p=11639

    私なりの回答を簡潔に。立替金。五島市が立替える必要はないのです。
    市が加害者のカネミから回収して国に返す。これだけです。なぜ回収できないか?
    五島市がカネミから足元見られてるのかと。
    だからカネミは昨日の行事に変な言い訳つけて参加しないわけです。
    五島市はカネミを昨日の行事に引っ張り出す必要があったと思うのですが。。。
    加害者不在の行事。何の意味があるのでしょうね?

    市長様からもどうか広報ごとうにてこの件について回答いただけませんかね??

    1. 代理での回答ありがとうございます。
      もっと詳しく書き足せば、医療費立替は国、長崎県が一部を支援して補助してくれていますが、補助金ではありませんので返済せねばなりません。カネミ倉庫への請求に関しては国から命令が来ているらしく、裁判沙汰での請求はしないでくれみたいな、、、。それなのに国はカネミ倉庫から支払われた場合返してくれと意味がわからないですね。仮にカネミ倉庫が倒産したら立替てある保険立替金は市、県、国がバチかぶるってことなのでしょうか。担当課は回答できません。だから回収に向けた勉強会PTの必要性を訴えているんですが。

  5. それから11/17に行われた私の違和感を言わせていただきます。

    以下 広報ごとう 2018 11月号(vol.172)参照。
    カネミ油症事件発生50年記念行事(タイトル①)
    油症の経験を未来につなぐ集い(タイトル②)
    第一部記念式典

    ここで使われている「記念」に違和感あり。
    「記念」とは過ぎ去った物事などを思い起こすこと。
    なので意味合い的には間違いではないかもしれませんが、
    一般的に記念は幸せなニュアンスで使用しているシーンが圧倒的に多いかと思います。
    なのでこの食中毒事件に「記念」を用いることに違和感が生じるわけです。

    先日の行事。被害者目線での医療・福祉・体験談。私なりの解釈で言い換えると
    「記念」ではなく「祈念」を使います。「祈念」は“~になってほしい”という祈り、願い。
    よってタイトル①はカネミ油症発生50年 快方祈念式典 が適切かと。
    しかしながら、これでは市の立替金問題に触れることはできず、真の問題解決にはつながりません。

    この行事は表も裏も公にすべきであり被害者、加害者、市民参加型の行事であるべきなのです。
    この場合、私は「記念」「祈念」ではなく「懸念」を用いるべきかと思います。
    ちなみに「懸念」は気にかかって不安に思うこと。
    よってタイトル①はカネミ油症発生50年懸念行事
    タイトル②に~油症の問題点を様々な立場の視点で考え、それぞれの問題解決へ取り組む集い~
    とすることで、きれいごとだけでは済まされない問題点も浮き彫りになり、それぞれが解決に向け
    一歩も2歩も足を進めることができると思うのです。

    50年という月日をきれいごとだけで振り返っても何の解決にも至りません。
    問題解決に取り組む姿勢(市政)がないからこの悪い現状が生まれるのです。

    私の勝手な予想ですが、きっとあの行事は貴重な税金(予算)がいくらか投入されてますよね?
    五島市の市長様。「姿勢」を正し、きれいな「市政」にしませんか?
    次の広報でぜひ市民の皆様にその内訳をお教えください。
    約21億の立替金がある中で、行われた行事にいくらの予算が投入されたのかを。

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